私たちの有機農業に対するこだわり、それは1950年代まで遡ります。
太平洋戦争後の復興が始まった1950年代に農薬や化学肥料が盛んに使われるようになりました。
その危険性をいち早く訴え続け、自らも無農薬・無化学肥料での有機野菜作りを愛媛県で実践していた一人の実業家、それが私の祖父 日野喜助です。
祖父は幼い私にこう言ったものです。
「農薬や化学肥料を、今飲んでいる水、食べているご飯に入れて飲んだり食べたりしてごらん。すぐ
に体を悪くして死んでしまうだろう。
そういう農薬や化学肥料を人間が食べる米や野菜を作る田畑に入れていいはずがない。雑草だけを除草して米や野菜に全く影響がない夢のような除草剤なんてあるはずがない。必ず身体に悪い影響がある。
今その影響を感じなくとも、将来必ず人体に悪い影響が出る。百姓はそれが本能的に分かっているから、売るための米や野菜を作る田畑には農薬や化学肥料をどんどん入れるが、自分の食べる米や野菜を作る田畑には農薬や化学肥料を入れないではないか。」と。
その祖父に影響を受けた私は、彼の遺志を継ぎ、1987年、故郷を遠く離れた青森で本格的に有機農業をスタートさせ、現在に至っています。

東北牧場の片隅にひっそりと立つ梅の木々には、長い長い物語と私たちスタッフの苦労が秘められています。
しかし梅の実は全く収穫できませんでした。現代の梅の木は虫対策のための農薬が欠かせない品種に改良されているため、農薬なしでは梅の実すらつかなかったのです。
農薬を使わなくても育つ梅の木はあるはず…。 2002年、青森県の南に位置する名川町(現:南部町)で、日本古来の梅の木を育てている東さんにたどり着きました。
4年の歳月が過ぎ、根も張って移植できる状態に育った梅の木が、2006年4月11日、東北牧場に届きました。
当初50本の挿し木をお願いしたところ、4年後に35本になりました。
このうち、20本は育ってくれたらと祈るような気持ちで東北牧場の敷地内に植えました。
無農薬の梅干を作ろうと考えてから、ほぼ10年の月日が経過していました。毎年1つでも多くの実が収穫できるよう、スタッフたちは日々愛情を注ぎ、現在も大切に育てています。

2010年春、ほんの少しですが花が咲くようになり、6月には実がなったのです!
今では毎年しっかりと実をつけるようになり、収穫した梅の実で梅漬けを作るのが恒例行事となりました。数量は限られますが、毎年販売を心待ちにしているお客様も数多くいらっしゃいます。
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